アイツと、読書と、音楽と

ひと知れず されど誇らかに書け

「伝える準備」藤井貴彦

私が一番印象に残っているのは、ある「声」だ。神田沙也加さんの悲しい出来事の際、火葬場で神田正輝松田聖子の二人がカメラの前に姿をあらわすという驚くべき情報が入り、その後画面が切り替わり、両親が愛娘のお骨を抱いて報道陣の前に立った。その瞬間、声にならない声を発したのが藤井貴彦アナだった。アナウンサーとしてではなく、一人の人間として、こんなに辛い状況でも、大事な娘を守るためカメラの前に立つという二人の決意を目の当たりにして思わず出してしまった声。この人間らしさがむしろ、信頼に値するアナウンサーだと思った。

 

コロナ禍での長期テレワークの際に、唯一観ていた報道番組がnews every.だった。コロナ禍の始まりは恐怖でしかなかった。特に志村けんが亡くなった時の驚きとショックの大きさは、そのままコロナに対する恐怖心に繋がった。(今でもコロナに対して油断しそうになると、志村けんを思い出せ、と自分に注意を促しているほどに。)

報道番組を観ては震え、しかし情報をシャットアウトするのも不安。そんな中、言葉を選び、直接画面の向こう側の私達に語りかける藤井アナの姿勢には、情報を正しく伝える者としての気概を感じた。恐怖だけではなく、どうやって日々の生活を繋いでいけばいいのかを冷静に考えることができた。

私が手に取ったこの本、第1刷が2021年7月20日、第3刷が2021年9月15日となっている。版を重ねるのが早かったということは、それだけ私と同じようにコロナ禍での藤井アナの伝え方に興味を持った人が多かったのだろう。

 

「伝える準備」は私たちが生活の中で実践できる工夫や準備、特に日記を書くことについて、すぐに真似したくなるポイントが数多く書かれている。匿名で軽々しく活字を世界に発信できてしまう特異な時代、言葉は有名人だけが責任を負うものではない。

手元にある安易な言葉で、ご自分を包まないように。発する言葉で自分をつくる意識が、今の時代だからこそ大切なのだと思います。

言葉を選ぶということは、自分を育てることにもつながる。出来るだけ言葉を大切に生きていきたい。

 

 

「私のことならほっといて」田中兆子

子供の頃から、なるべく心に蓋をして日々を過ごしている。感情的になった後のことを考える可愛げのない子がそのまま大きくなってしまった。

久しぶりにその蓋に隙間をあけるような出来事があり、隙間を大きく一度あけてもらうように自分から会いに行った人がいる。

会っている時間は楽しく、その後ひとりになった時にまたそっと蓋をきつくしめておく。つくづく私は生きるのが下手だなと思う。

 

田中兆子の短編集には、生きるのが下手な人達が多く住んでいる。不倫された女、嘘をつく父親、自分の匂いに悩むキャリアウーマン。地球外生物に飼われている若い女性。

その中でも死んだ夫の片脚がベッドの上に残された「片脚」という作品は秀逸。夫婦が暮らす村では、どうやら夫が死んだ時には火葬屋の「好意」で脚が残される。本来なら、その根元にあったはずのものも含めて。主人公である妻に遺されたのは純粋な片脚のみ。その片脚は、触ると赤みを増すし、放っておくと萎びてくる。この脚を処分するべく妻は脚を抱いて山を歩き続ける。妻はこの脚を捨てることができるだろうか。

誰かと一緒にいても、いつかはひとりになるだろう。その諦念が私につきまとっている。夫がどういう人間であろうが、それは関係ない。夫にやさしくされると居心地が悪く、夫を裏切ることで人心地がついた。夫はいつまでたっても懐かない、私という野良犬を飼い続けていたのだろう。

この文章を読み、この作家は信頼できると私は勝手に安心した。過去2011年「女による女のためのR-18文学賞」大賞を「べしみ」で受賞。

性と生と死を躊躇のない文体で描く。

 

 

 



 

「もう死んでいる十二人の女たちと」パク・ソルメ

平坦な道を歩いているつもりが、いつの間にか逸れ、思わぬところで躓く。
歩くリズムが狂い始め、見知らぬ路地へと迷い込んでしまう。
パク・ソルメの短編集は、奇妙なリズムを刻む。
始まりの「そのとき俺が何て言ったか」で起きる唐突な暴力。
「海満」という架空の島。
「じゃあ、何を歌うんだ」歌からのアプローチによる光州事件
東日本大震災原発事故についても語られる。『ソウルのすべての日本料理店は本当に観光の絵葉書みたいで、そういう場所が実際にあることは明らかだが、遠くかすんでいるばかり』日本人では浮かばない表現ではなかろうか。

あり得ない人物、架空の島等が次々に現れては消える。
エンタメやファンタジーとはならない妙な実在感は、パク・ソルメ自身が重点を置くという背景・場所・場面によるものだろうか。
いや、それよりもなお敢えて崩された文体であるのに関わらず、物語の流れが滞らないことに私は実態のあるものを感じる。

 

海外文学をこれまで以上に読んでみようと思っている。
原書で読むことができたらどんなにいいかしらと思っているが、まず語学からなどと思っていると人生が終わってしまうので、ありがたく翻訳されたものを読む。
今作品の訳は斎藤真理子氏。書店で韓国文学の棚に行けば、一番多く見る名前。
この不思議なリズムの作品についても、とても詳しく解説を載せてくれている。

どんどん新しい文学は生まれている。
世界はそれほど悪いことばかりおきているわけではない。生命力のある文学に触れていきたい。

 

 

2023年1月購入本

月末に近所の大型書店ではポイント3倍DAYを実施する。それに合わせて予約しておいたり、長い時間彷徨いて本を購入することにしている。

今回のポイントDAYに購入したのは以下の3冊。婦人公論は、今月いくつかの雑誌に掲載された宮本浩次インタビューの中で一番良かったので購入。婦人公論は宮本に関してはいつもインタビューのまとめ方が上手いと思う。

後の二冊は平置き本から選択。町田康の新書はダブル表紙。この顔写真の表紙を重ねたのは販売上手。

ちくま文庫の復刻系はこのところ頻繁に購入している気がする。トラウマに関する内容。非常に興味がある。

しれっと本読みブログを再開しようと思う。もはやブログは誰も読まないコンテンツになってきているので、気が楽。そして承認欲求が自分になくなったというのも再開理由のひとつ。

 



 

岡村靖幸「美貌の彼方」inカルッツ川崎に行ってきた

以下、セットリストに関するネタバレを含みます。

 

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さて岡村だ、岡村ちゃんだ、岡村靖幸だ。
私もブログを書かなくなってから久しいが、さすがに今回の「美貌の彼方」ツアーは備忘録として書き残しておきたい。

本当なら、私は千穐楽のチケットしか持っていなかった。急遽手に入ったチケットは、自分で譲ってもらっていながら私を少なからず動揺させた。
2019年10月以来の岡村、ということはコロナ禍になってからの初岡村。
コールアンドレスポンスのない岡村のDATE(ライブ)など行ったことがない。
どうなの?曲によっては丸投げ感のある岡村楽曲←失礼、いったいどんな感じなの?

 

会場はカルッツ川崎。大昔の私の通勤経路に、こんな立派なホールが出来ていたとは。
中も木のぬくもりを感じさせるとてもきれいな作り。
山下達郎もやるくらいだから、よほど音のいいホールなのでしょうね、と期待に胸が高まる。

今回のセットリスト、薄目程度に眺めてきたけれど、いざ始まるとその一曲目の意味の大きさに驚く。
一曲目は、普段なら中盤以降、盛り上がりが最高潮を迎える際に演奏される「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」
私はこの曲は、入院の際、全身麻酔がさめた時に聴いたほど大事にしている。まあ、これを読んでいる方にはしらんがなという話ではあるが、岡村楽曲の中で一番「私、生きてる!」感が強い。これを一曲目に持ってきたか、と大変驚いた。もちろんこの流れで「だいすき」へ。
フェスみたいだな、と思った。出し惜しみ全くなし。いつもなら「かっこいいオレを、もの凄く集中してみて!しっかり見て!」というオープニングなのに、こんなにも両手を広げて「待ってたよ!」的な感じで迎え入れられるとは。
「招かれている。岡村に今、私はお招きいただいている!」

セットリストの詳細は、いろいろなところでいろいろな方々が書いていらっしゃるが、ひとことで言うと「踊って!楽しんで!」という内容。座る暇なし。しかし座っても問題はないことも念のため付け加える。
いつだって岡村はセットリストにこだわってきたと思うけれど、今回ほど新旧の観客が楽しむことに腐心したセットリストはないのではないだろうか。完璧な流れ。
3曲目「いじわる」。いつもお色気部門というか、何らかの物体に跨る、明らかに手がチャックで止まんない=己のチャックの奥深くを弄るしぐさ。お約束事ではあるが、やはりこれを観ずして岡村のライブは語れない。よかったよ岡村、元気そうで。キャーキャー言ってあげられなくてごめんね、まず、そう思えるシーンである。

前回のアルバム「操」を引っ提げてのツアーに行けなかった私にとって「レーザービームガールは初の生聴き。かわいい。そしてライブで歌いやすそう。
「カルアミルク」は私の中では岡村のお辞儀の深さでその心情を推し量る楽曲となっているが、今回相当なものだった。ちょっと「エチケット」ツアーを思い出してしまうほどに。そしてここから随所で深いお辞儀を見ることになる。「家庭教師」のアレンジ、全然家庭教師っぽくなくて面白かった。こういうのは原曲のままで聴きたい人にとっては複雑な心境になるのかもしれないけど、岡村のライブの醍醐味の一つだと思う。
え、まだいじれるの、この曲を?という驚きに満ちている、それがDATE。

さて、古参にとっては大喜びの「ラブタンバリン」。なにせ心に住んでる修学旅行が育つ歌だ。全修学旅行に行き終わったという年齢の息子を持つこの私の心の中に、岡村のおかげでまだ修学旅行のときめきの破片が残っている。
そしてこのあたりになると、会場中のお手振りの一体感が凄いことに気づく。
コロナ禍でのコンサートの特徴であろう手拍子も、岡村が率先してここで、という合図をくれるので安心して参加されたし。
大好物と言えよう「ステップUP」ステップアップLOVEという楽曲を生んでくれたおかげでステップUP繋がりとしてセット登場しやすくなったのかもしれない。倫社と現国学びたい。
あいだに「住所」を入れてきたのがすごくカッコよい。あぁ、住所からのファンという方だって、この中にはいらっしゃるかもしれないなぁ、等と思いながらステップアップLOVEへ。DAOKO部分を一切歌う気がない岡村を久しぶりに見て、なんだか心がすっきりしました。何効果?

「ハレンチ」歌いましたよー、奥さん!完全にあのMVが頭に浮かんで、よくぞここまで健康(?)に育ってくれて、とまた泣く。泣きのポイントが親戚目線で申し訳ない。
懐かしいの歌うよ。いい?懐かしい曲歌うよ、と言うから何歌いだすのかと思ったら「19」だった。岡村にとって「19」は、なんだか懐かしいらしい。
あ、あとU2また歌ってた。洋楽に疎い私も、さすがにこれだけ歌っていただくと憶える。

 

このあたりで衣装についても言及しておくが、書き残しておく必要性があるのは3着目。アシンメトリーの長尺衣装。岡村自身、まだどう処理していいかわからない感じがたまらない。たぶん肩にかけるのは不正解だと思う。千穐楽まで大いに戸惑ってほしい。

 

「彼氏になって優しくなって」のしなやかなキッスしたい部分のお手振り、私はここがだいすきだ。会場の一体感半端ない。
「愛の才能」、今回のDATEで私が一番良かったと思った曲は、実はこれ。
もう何回も聴いているけど、間違いなく私の中でのベスト「愛の才能」は今回。何がそうさせたのか全くわからない。キーの高さ?アレンジ?声の出具合?いや、そういう単純な話ではない気がするぞ、キッッサッ!
「OUT OF BLUE」あの天井を指さすのは定型化したんだろうか。

 

前回ツアーではやらなかったと聞く弾き語りコーナーもあった。「友人のふり」、いつも岡村私達に歌わせるじゃん、大丈夫?とハラハラしながら聞く。私の持ち歌じゃないのに。
そして、これは嬉しかった私の上半期ベスト1ソング「私の真心」
当然アイナちゃんは岡村のデモテープを聞かされて(聞かされてって何)、あの歌唱に至ったわけで、こちらとしてはその元となる岡村の歌が聴きたいなぁと思っていた。
けっこう長尺で歌っていただけて大満足。岡村の提供曲にハズレなし。アイナちゃんファンにもぜひ聞いていただきたい。そしてこの時点で、今回の「美貌の彼方」のサブタイトルは「岡村の真心」だなぁ、などと私は思ってみたり。
弾き語りコーナーとして軽く歌うと思っていた山下達郎「いつか(SOMEDAY)」は、がっちりセットリストに組み込んできた。曲の力を大いに借りて(と私は思っている)、普段こういう語りかけ方はしないよなぁ、というくらい力強く岡村は私達に語りかけてくれた。絶対岡村が伝えたいことだったのだろう。「Punch↑」では戦争なんかおきたら、結婚しよう、新婚旅行に行って、いちゃいちゃして、タンゴ!と叫んでいたあの岡村が、だ。
いつも甘やかしてもらいに行っている自分が、岡村にこの度勇気を授けてもらった。これは素直に感動した。嬉しかった。来てよかったと思った。

 

メンバー紹介の時も、驚くべきことが。岡村がずっとギターを弾いていたのだ、メンバーの演奏に合わせて。これには心底驚いた。よって、岡村のギターを弾いている時間、過去最長。岡村のギター(もしくはベース)が何より好きな自分にとっては至福の時だった。今思い出すだけでもうっとり…。

 

「できるだけ純情でいたい」これまた客席のお手振りが揃いに揃っていた。
「ア・チ・チ・チ」これね、歌詞ですよね、歌詞。やっぱり七転八倒して歌詞を作っているという岡村靖幸の真骨頂。そして踊らすよねー。
「聖書」誰好きになろうといいじゃない 私の勝手よ くだらない と歌えないことの苦しさよ。
「愛はおしゃれじゃない」そして「ビバナミダ」で大団円。

 

川崎には花道があり、ステージから花道に行くためにはちょっと間に通りづらいと思われるような作りになっているのに関わらず、岡村は左右同じくらいの時間をたっぷり使って、花道フル活用。おかげで岡村の姿も肉眼でくっきりはっきり見ることができてトキメキ度アップ。しかし何より今回は岡村の精神的な歩み寄りというか、コロナ禍でもこんな風にDATEに来てくれて本当にありがとう、といった感謝の気持ちがものすごく伝わってきた。おそらく今までも何度となく岡村からの折々での感謝の気持ちは感じてきていたけれど、ちょっと今回はそれとは比べ物にならない相思相愛感があり、ついに本当のDATEをしちゃったのかもー🫶とぼんやり思っている。はぁ、満たされたわー。(勝手な思い込みですまない。しかし暫く思い込ませといてくれ)
コールアンドレスポンスができないゆえに届くようになった愛もあるのではなかろうか、などと思ってみてるがどうですか、岡村ちゃん

 

昔なら、ライブ後即ブログアップを信条としていたが、このくらい記憶が薄れるギリギリのところで書いてみるのも面白いものです。

このセットリストを見て、久しぶりに岡村ちゃんとDATEしたい!知っている曲が多いから、初めてのDATEをしてみる!という方がお一人でもいらっしゃいましたら幸いです。

宮本浩次「ROMANCE」を聴いて

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「何度も歌うと上手になってっちゃうんですよね。」
インタビューで宮本は、アルバム12曲中6曲がデモテープの音源をそのまま使っている理由をこう語っていた。

宮本浩次キャリア初のカバーアルバム「ROMANCE」は、間違いなく今まで数多出されたカバーアルバムと一線を画すものとなった。まるで「The Covers」での宮本の歌唱が
出演のたびに新鮮な驚きをもたらし、深い余韻を与えてくれるように、聴く私たちの心を掴んで離さない、そんな一曲一曲を集めた珠玉のアルバムとなっている。

今回のアルバムを語る上で、12曲中11曲のアレンジを担当している小林武史とのやりとりは外せないもののひとつだ。
新型コロナの自粛期間中、日に一曲もしくは二曲のカバーを自分に課し、その中の十数曲を小林武史に送ると、一週間後に10曲のアレンジが曲順も決まった形で出来上がってきたという。この小林武史の前のめり具合に、まず驚く。
それほどまでに、デモテープの宮本の歌声が素晴らしかったのだろう。
今回選ばれた12曲は、ある程度の年齢の人にとっては、イントロから歌詞から歌手の表情まで思い出される流行歌ばかりである。そこにアレンジを加えることは、ともすればその曲のイメージそのものを変えてしまうことになりかねない。このアルバムでも、イントロだけでは何の曲かわからないものが多数ある。しかし、宮本がひとたび歌い始めると、驚くほどその曲が持つ世界の中に自然に自分が入り込むことができるし、この曲を聴いていた当時の自宅の茶の間の様子まで思い浮かべることができる。
私達はその曲が持つ物語性を一切壊すことなく歌う宮本の声に安心して身を任せれば良いのだ。逆を言えば、この宮本の歌を崩すことないブレのない姿勢が自由なアレンジを生むことを可能にしたのだろう。


昭和歌謡の大きな特徴の一つに、誰が作詞をして、誰が作曲をしたのかを多くの人が把握していたということがある。流行歌が生まれるたびに当然のように話題に上がり、実際その作詞家、作曲家をテレビで見る機会も多かった。年末の賞獲りレースの時に賞を待つ歌手の傍には先生と呼ばれる大作詞・作曲家の姿が必ずあった。
今回、カバーアルバムの歌詞カードにより、自分が幼い頃、どれほど優れた人たちの作る歌が身近に流れていたのかを再確認し、その贅沢だった時間を懐かしむことができた。
どんな名曲でも、歌い継がれることがなければ、歌は宝箱の中にしまわれたまま、その輝きを改めて目にすることはない。
梓みちよは今年鬼籍に入ってしまった。ちあきなおみはいまだ数多くの求める声がある中、沈黙を保っている。今は便利な時代なので、過去の映像を難なく検索することができるため、彼女達の歌う姿を画面上で見ることはできる。しかしそれは、あくまでも過去の歌として、思い出として。
令和の今、名曲たちに鮮やかな色彩が蘇った。泣けて泣けてしょうがなかったという、その歌い手の涙が、思い出としての役割も担ったまま、新たなる聞き手を得て、見事に曲を彩ったのだ。

おんな唄を宮本が歌うことによって、「男性側から見た女性」という物語性が加わったことも今回の大きな特徴だと思う。子供の頃何気なく聞いていた「大人の歌」の意味が、この歳になってわかってきたからこそ、加えられたもう一つの物語性に、私は非常に惹きつけられたし、歌の主人公たちへの共感が増した。

ここで冒頭の宮本の言葉に戻る。
何度も歌うと上手になってしまう。

技術よりもまず歌の主人公たちの感情を大事にしたということなのだろう。だからこそ、私たちはこのアルバムが、まるですぐ傍で、主人公達が自分に歌いかけてくれているような幸せな錯覚をおこすのかもしれない。
しかし、それもまた宮本浩次という稀代の歌うたいの技量が大前提であることは言うまでもない。ブレスの具合、裏声の使い方、鼻濁音など、挙げたらキリがないのだが本能だけではない、今までの蓄積があってこその自然な技術の高さが明確となったアルバムではないだろうか。

アルバムのプロモーションとして数多くのインタビューにこたえている。
その中で必ずと言っていいほど、お母さまとの思い出が語られている。
まるでこのアルバムは、お母さんへの手紙のようだな、と私は思っている。だからこそこのアルバムは女性に対する愛情が溢れているのかもしれない。

アルバムのラストは「First Love」。唯一の平成曲。
ほぼ弾き語りの形であるこの曲が入ることによって、昭和から平成への歌の継がれ方が自然であり、何よりも宇多田ヒカルその人が昭和の歌姫の血を継いでいることが、選曲と何ら関係がないとしても、結果大きな意味を持っている気がしてならない。
そして宮本浩次の歌う「First Love」は絶品だった。

この油断すれば気がふれてしまいそうな一年、歌う宮本の姿にどれほど元気をもらったかわからない。今年の締めくくりとしてこれほど素晴らしいアルバムを聴くことができたのは大きな喜びであり、前に進むための一つの大きな原動力である。

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ROMANCE(初回限定盤)(2CD)(特典なし)

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  • アーティスト:宮本浩次
  • 発売日: 2020/11/18
  • メディア: CD
 

 

 

SONGS「岡村靖幸」が、稀にみる神回だった件

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さて岡村だ、岡村ちゃんだ、岡村靖幸だ。

あまりのネタの宝庫に、いったい何から書き出せばいいかわからなくなるほど、7月25日のSONGSは猛烈だった。

自分、長年岡村をガン見してきたので、この企画、マガジンハウスの豪華版みたいだわね(驚、程度で済んでいるが、「岡村靖幸って、あのDAOKOと歌っているおじさん?ちょっと見てみようかな」という軽い気持ちでご覧になった方には、とんだ交通事故だったのではないかしら。

 

さて、せっかくなので過剰なるSONGSを順を追って検証していきたいと思う。

戸次さんの「SONGS 岡村靖幸」という二枚目声から。映像はライブ、岡村界隈で言うところのDATEでの「だいすき」歌唱シーン。近年の映像ですね。「今年は4年ぶりでアルバムを発表し、注目を浴びている」という有難いナレーションに気をよくしていると、突如91年「家庭教師」ツアーの「どぉなっちゃってんだよ」の若幸の映像で、まずときめく、俺が。「ポップだけどセクシー」「純情なのに情熱的」という、非常にNHK的褒め言葉。

「彼氏になって優しくなって」

岡村靖幸「彼氏になって優しくなって(パーフェクト ver.)」 - YouTube

MVも流していただき、「唯一無二のアーティスト」という言葉。そうでしょうとも、言われ慣れてますが、唯一無二ですよ岡村は!という我ながら何目線?という早い段階での満足感の第一波。

「だからこそ、その素顔は捉えどころがない」このあたりから徐々に今回の異色演出に。「そんな岡村の核心に迫るために用意したテーマは、なんと結婚」というナレーションとともに、画面には「結婚」の二文字。

しかしね、まさかNHKまでもがこのネタを持ってきたか、と驚愕。まあ、逆を言えば、結婚をネタにすれば岡村は何かを語るかもしれないという発想は、今回に関して言えば、吉と出ました。大吉。

 

「結婚への道」まで映していただくというありがたみ。「54歳、独身。」って言われてるし。

岡村靖幸 結婚への道 迷宮編

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  • 作者:岡村靖幸
  • 発売日: 2018/11/01
  • メディア: 単行本
 
岡村靖幸 結婚への道

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  • 作者:岡村 靖幸
  • 発売日: 2015/10/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

さて、ここからの流れが常軌を逸した異色っぷり。最新のウエディング事情を岡村が取材するという、決して歌番組ではない流れに。「チャレンジングですね、どんなSONGSなの…」と大泉洋が言うのも当たり前。「俺の予想通りになったらコントですよ」という言葉がこの先を暗示しているかのよう…。

「これを見ればきっとあなたも岡村ちゃんの不思議な魅力にハマるはず」

 

さて、ロケ先が青山セントグレース大聖堂。めちゃめちゃ本気じゃないの、NHK!パーティープロデューサーの菅野さんは、岡村のことを知っているのかしら。どうか知っていて!と願わずにはいられない。きっとこの日の撮れ高凄かったんじゃないかしら、岡村の質問だけで。

 

まずチャペルから拝見。「こういう結婚式は、やっぱりうまくいくし、こういう結婚式はすごく幸せそうになるみたいなことでいうと…」という岡村の質問に「お二人らしさが伝わる結婚式が一番いいのかな」と菅野さん。そこからテーマウエディングの話になり、菅野さんから質問が。「結婚式をされたとしてどなたに思いを伝えたいとかあったりします?」

これに対する岡村の答えが、まず本日の核心ポイント。「相手と、相手の親御さんですかね。」「どんなものを乗り越えて二人は結婚していくかみたいなドラマをきちんと演出できれば。めちゃめちゃ豪華じゃなくても、泣けるのがいいんじゃないですかね。泣ける系が好きな気がしますけど」

この「◯◯な気がします」というような、自分のことをちょっと俯瞰というか、一歩離れたところで見る感じが岡村ちゃんにはよくある。私はこの言い方を聞くと、なんだか切ないような泣きたくなるような不思議な気持ちにいつもなる。

 

次は披露宴会場へ。席次についての話。「たしかにたしかに」×2を言うほど席次について考える岡村。「ここにチョイスされると優越感を感じます、選ばれた感。ふふふ」と高砂の最寄り正面席を。そして演出については「せっかくアーティストさんなんで、音楽に力入れたいなとか?」という菅野さんの言葉に「入れてもいいですけれどね。入れても。入れてもいいと思います。入れても楽しいかなと思います。音楽婚みたいなのもいいと思います。」

まあ、岡村が本気の音楽婚をやろうと思ったら、その音源、売ってくれ!って話ですよ。どんだけ凄いことになるか。

 

ここで独身仲間、今田耕司登場。このチョイスも絶妙。「(結婚について)本当にしたいんですか?とお互いにお互いを疑っている」

結婚できない理由は?と聞かれ「辞めればいいんですよ、仕事を」と即座に答える。確かにこの二人の共通点は、ここにあるかも。「結婚する気力まで奪われるかもしれない、楽しいことを奪われたら。」

 

「いろんなところで「結婚したい」とおっしゃっていて…」というスタッフの言葉に「言ってないですよ、言ってないですよ」

「本当に結婚したいですか?」「んー。どうなんでしょうね、俺みたいにずーっとルパン三世みたいな人生を歩んでいる…

はい、ここで出ました。全国の岡村ファンの頭の中が❓でいっぱいになった言葉。ルパンの前に、俺って言葉を使ったのも、おっ?だったのですが、まあルパン三世が勝ちましたよね。ここに書けるような、そして書けないような様々な解釈をめちゃめちゃワタクシいたしました。「俺」という言葉の後だけに、何かかなり本音があらわれた言葉のような気が。わからんけど。「渇望はしていないんですよ。より豊かになるかもなとは思います。」

 

「結構、年の差婚みたいなのもあります?」という具体的質問もサラリとしつつ、「実際カタログ見ると楽しそうですけどね!」と力強くカタログをめくりまくる。そして音楽も大事だと思います。ぱちん。と手を叩き、「結構ね「うーん?」みたいなこともあるし」。今まで岡村を披露宴に招待した方々が「俺のことか?」と震えた瞬間ではなかろうか。

「今の気分だと入場の曲は何になります?」「どベタにいきます。タタタターンみたいな」って言った時の顔、最高。

 

さて、ついに本日のメインとも言える狂気の演出「SONGSプレゼンツ 岡村靖幸 妄想結婚式」の始まり始まり。何が狂気って、まず司会者が小田切千アナ。絶妙すぎてリアルが過ぎるぞ、NHK。新郎新婦の入場です!で入ってきた岡村、新郎の芝居してる(驚愕。もちろん新婦のお顔は極力映らない演出。新郎新婦、高砂にお揃いになったところで、新郎岡村靖幸さんのご紹介。普段我々が見慣れたものではない、イギリス時代の幼少期の洒落た写真が映し出され、やっぱりファミリーヒストリーとか作っている局はやることが違うな、と感心。これがまた上手い作りで、岡村のデビューからの歴史も軽く視聴者に伝わるようになっている。

「それでは、早速ではございますが、新郎靖幸さんの素晴らしいパフォーマンスをご覧いただきましょう。靖幸さん、張り切ってどうぞ!」

こんな式ある?というこちらの戸惑いも吹っ飛ぶ「少年サタデー」での我らがマニピュレーター白石元久登場!会いたかったよ、元久ーーっ!セットも凝ってる!スピンするモーターもいつも以上のスピン具合。とにかくにこやかに歌う岡村にまず泣いた。カメラの動きがまた良くてね。躍動感溢れていたわ、とても。

 

祝辞として最近ますます美しくなったDAOKOちゃん登場。その流れでソーシャルディスタンスが保たれた「ステップアップLOVEへ」!いつも以上にはっきり歌うことを心がけていたのかな。このパフォーマンスも凄く良かった。真鍋さんのところのロボ犬マジビビる。早く岡村がDAOKOちゃんに突き飛ばされることのできる日常が戻りますように。

 

お開きの時間が近づき、松任谷由実さんからの祝電披露。「世界中で何よりも、自分に興味があるのがアーティストの大きな特性だとしたら、その最たる岡村ちゃんが、心を決めたお相手は、自分以上に興味深い女性。或いは、自分が好きな自分の姿を、鏡のように映してくれる女性。なのだと思います。」さ・す・が!しかしその後に出てきた「ナース婚」というワードに戸惑いを隠しきれない岡村。ナース婚って何でしょう?を連発。挙げ句、小田切アナが若干解説しつつ、その場を収めるという、ハラハラする展開に(笑)

 

そして最後は、アレンジも軽やかな「だいすき」。女の子のために歌う靖幸は、やっぱり最高にかっこいい。

 

新郎の靖幸さんから、みなさんへご挨拶。

「あ。え〜〜〜っとですね。とても不思議な、奇妙な気持ちでいますが、同時にありがたい気持ちでいっぱいです。せっかくなので今後ですね、次回SONGSに出る時は、結婚した後子育て編倦怠期を乗り越えてさらに愛し合おう編、などなどSONGSでやっていけたらなと思っております。本当に今回ありがとうございました」初登場のくせに!と思いながらも、良く言ったぞ、靖幸!と喜ぶ自分がおりました。倦怠期を乗り越える岡村がぜひ観たい。

 

という訳で、こんなSONGS観たことないわ!しかし、岡村ちゃんをこんなにも大事に扱っていただき、ありがとうございました。そして、岡村靖幸が私はやっぱりだいすきだ。

 

操

  • アーティスト:岡村靖幸
  • 発売日: 2020/04/01
  • メディア: CD