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ひと知れず されど誇らかに書け

宮本浩次「ROMANCE」を聴いて

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「何度も歌うと上手になってっちゃうんですよね。」
インタビューで宮本は、アルバム12曲中6曲がデモテープの音源をそのまま使っている理由をこう語っていた。

宮本浩次キャリア初のカバーアルバム「ROMANCE」は、間違いなく今まで数多出されたカバーアルバムと一線を画すものとなった。まるで「The Covers」での宮本の歌唱が
出演のたびに新鮮な驚きをもたらし、深い余韻を与えてくれるように、聴く私たちの心を掴んで離さない、そんな一曲一曲を集めた珠玉のアルバムとなっている。

今回のアルバムを語る上で、12曲中11曲のアレンジを担当している小林武史とのやりとりは外せないもののひとつだ。
新型コロナの自粛期間中、日に一曲もしくは二曲のカバーを自分に課し、その中の十数曲を小林武史に送ると、一週間後に10曲のアレンジが曲順も決まった形で出来上がってきたという。この小林武史の前のめり具合に、まず驚く。
それほどまでに、デモテープの宮本の歌声が素晴らしかったのだろう。
今回選ばれた12曲は、ある程度の年齢の人にとっては、イントロから歌詞から歌手の表情まで思い出される流行歌ばかりである。そこにアレンジを加えることは、ともすればその曲のイメージそのものを変えてしまうことになりかねない。このアルバムでも、イントロだけでは何の曲かわからないものが多数ある。しかし、宮本がひとたび歌い始めると、驚くほどその曲が持つ世界の中に自然に自分が入り込むことができるし、この曲を聴いていた当時の自宅の茶の間の様子まで思い浮かべることができる。
私達はその曲が持つ物語性を一切壊すことなく歌う宮本の声に安心して身を任せれば良いのだ。逆を言えば、この宮本の歌を崩すことないブレのない姿勢が自由なアレンジを生むことを可能にしたのだろう。


昭和歌謡の大きな特徴の一つに、誰が作詞をして、誰が作曲をしたのかを多くの人が把握していたということがある。流行歌が生まれるたびに当然のように話題に上がり、実際その作詞家、作曲家をテレビで見る機会も多かった。年末の賞獲りレースの時に賞を待つ歌手の傍には先生と呼ばれる大作詞・作曲家の姿が必ずあった。
今回、カバーアルバムの歌詞カードにより、自分が幼い頃、どれほど優れた人たちの作る歌が身近に流れていたのかを再確認し、その贅沢だった時間を懐かしむことができた。
どんな名曲でも、歌い継がれることがなければ、歌は宝箱の中にしまわれたまま、その輝きを改めて目にすることはない。
梓みちよは今年鬼籍に入ってしまった。ちあきなおみはいまだ数多くの求める声がある中、沈黙を保っている。今は便利な時代なので、過去の映像を難なく検索することができるため、彼女達の歌う姿を画面上で見ることはできる。しかしそれは、あくまでも過去の歌として、思い出として。
令和の今、名曲たちに鮮やかな色彩が蘇った。泣けて泣けてしょうがなかったという、その歌い手の涙が、思い出としての役割も担ったまま、新たなる聞き手を得て、見事に曲を彩ったのだ。

おんな唄を宮本が歌うことによって、「男性側から見た女性」という物語性が加わったことも今回の大きな特徴だと思う。子供の頃何気なく聞いていた「大人の歌」の意味が、この歳になってわかってきたからこそ、加えられたもう一つの物語性に、私は非常に惹きつけられたし、歌の主人公たちへの共感が増した。

ここで冒頭の宮本の言葉に戻る。
何度も歌うと上手になってしまう。

技術よりもまず歌の主人公たちの感情を大事にしたということなのだろう。だからこそ、私たちはこのアルバムが、まるですぐ傍で、主人公達が自分に歌いかけてくれているような幸せな錯覚をおこすのかもしれない。
しかし、それもまた宮本浩次という稀代の歌うたいの技量が大前提であることは言うまでもない。ブレスの具合、裏声の使い方、鼻濁音など、挙げたらキリがないのだが本能だけではない、今までの蓄積があってこその自然な技術の高さが明確となったアルバムではないだろうか。

アルバムのプロモーションとして数多くのインタビューにこたえている。
その中で必ずと言っていいほど、お母さまとの思い出が語られている。
まるでこのアルバムは、お母さんへの手紙のようだな、と私は思っている。だからこそこのアルバムは女性に対する愛情が溢れているのかもしれない。

アルバムのラストは「First Love」。唯一の平成曲。
ほぼ弾き語りの形であるこの曲が入ることによって、昭和から平成への歌の継がれ方が自然であり、何よりも宇多田ヒカルその人が昭和の歌姫の血を継いでいることが、選曲と何ら関係がないとしても、結果大きな意味を持っている気がしてならない。
そして宮本浩次の歌う「First Love」は絶品だった。

この油断すれば気がふれてしまいそうな一年、歌う宮本の姿にどれほど元気をもらったかわからない。今年の締めくくりとしてこれほど素晴らしいアルバムを聴くことができたのは大きな喜びであり、前に進むための一つの大きな原動力である。

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  • アーティスト:宮本浩次
  • 発売日: 2020/11/18
  • メディア: CD